メッセージ 谷脇 康彦

谷脇 康彦

総務省大臣官房審議官(情報流通行政局担当)

未曾有の大災害をもたらした東日本大震災から1年半が経過しました。今回の震災での
経験を活かしつつ、被災地において一日も早い復興をなし遂げること、そして災害に強い
国土を形作っていくこと。それは我々の世代に課された大きな課題であると言えます。

求められる多層的な情報伝達手段

  今回の経験で我々が得たもの。それは情報通信が命を守るライフラインだということで
した。携帯電話は「1人一台」の生活必需品です。今回の震災でも95%の住民の方が携
帯電話をもって避難されました。しかし、通信の輻輳、広域に及ぶ停電や燃料の不足、地
震や津波による設備の損壊などにより、災害に強い強靱な通信ネットワークの重要性に気
付かされました。

また、総務省のアンケート調査(「災害時における情報通信の在り方に関する調査結
果」(12年3月))によると、防災行政無線が聞こえなかったという回答は全体の5
7.1%にも上りました。しかし、それは防災行政無線が無意味だということではあり
ません。防災行政無線の他にも避難情報を複数のルートで伝達する手段が必要であると
いうこと、多層的な情報伝達手段が求められるということが教訓として残りました。
このため、総務省では災害時に輻輳が発生した場合に通信ネットワークの処理能力を
柔軟に被災地に割り当てる技術の開発や、損壊したネットワークを迂回して自律的に通
信機能を回復する技術の開発などを行っており、(独)情報通信研究機構は東北大学内
にそのための研究開発拠点を設けています。また、様々な災害情報を一元的に集約・管
理し、多様な通信・放送メディアに提供する仕組み(安心・安全公共コモンズ)の早期
の全国展開も重要な課題となっています。

デジタル情報の流通・連携基盤の構築

今回の震災では、クラウドサービスによるデータ保存の重要性も浮き彫りになりまし
た。被災地の地方自治体においては、行政情報や医療情報を電子化していた例もありま
した。しかし、想定を上回る津波によってこれらのデータが流出しました。自治体クラ
ウドの普及、医療機関間のデータ連携によるカルテ情報の保存・活用などが必要です。
医療分野の情報化については、既に東北メディカルメガバンク計画という取り組みが始
まっていますが、まずはカルテ情報のデジタル化と医療機関間の情報連携、さらに次の
段階として医療情報と介護情報の連携、さらに健康情報などを連携させることで、医療
サービスの質の向上や1人ひとりの健康状態に応じたきめ細かい医療を実現していく必
要があります。

今回の震災ではインターネットも大きな役割を果たしました。例えばホンダ自動車や
パイオニアが他の自動車会社などと連携して被災地の道路を通行するプローブ情報を集
約し、ネット上のマップに表示される仕組みが構築されました。車はそれぞれ自分の目
的で移動しているわけですが、こうした情報を集約することで「どの道路が通行可能な
のか」という別の価値を持つ情報となり、広く活用されました。

  情報をデジタル化するということは情報相互の連携を生み出しやすくします。そして、
こうした連携が新たな価値を生み、被災地の状況をよりきめ細かく把握し、復旧・復興に
役立てることができます。こうした観点から、本年7月、産学官が連携してデジタル情報
の流通・連携を促進する「オープンデータ流通推進コンソーシアム」が設立されました。
このコンソーシアムには総務省をはじめ関係府省もオブザーバーとして参加しています。
本コンソーシアムでは、政府・地方自治体はもとより民間が保有するデータの流通・連携
を加速化するための共通APIの策定などを進めていくこととしています。

ICT ERA +ABC 2012 東北への期待

  多様なデータの流通・連携を実現していくためには、業態に閉じた「縦方向」の情報流
通を円滑化することはもとより、業態を越えた、あるいは官民を越えた「横方向」の情報
流通を円滑化していくための環境整備、つまりネット空間における情報の「縦串」と「横
串」を貫く仕組みが必要です。そして、こうした情報の流通・連携はネット空間にはとど
まりません。ネットとリアルの連携をどのように実現していくのかという仕組み作りも必
要になります。例えば、先の総務省のアンケート調査では震災時に個人情報の取扱につい
て苦労したと回答を寄せた地方自治体が約半数に達しています。単に情報システムをどう
構築していくかというだけではなく、災害時の個人情報の取扱についてのルール整備な
ど、情報をリアルな空間でいかに活かしていくのかといったシステムの運用面についても
見直しを加速化していく必要があるでしょう。

ICTを最大限活用した被災地の復興に向け、今回のICT ERA+ABC 2012 東北は「ど
こまで震災の教訓が具体化してきているのか」、「教訓を踏まえて何が動いているの
か」、「依然として存在している課題は何か」、「その課題を解決するために何が必要
なのか」といった点について具体的な議論が行われることが期待されます。
その際、供給者側の理屈だけではなく、被災地の住民の皆さん、利用者の視点に立
った取り組みが必要になります。今回のICT ERA+ABC 2012 東北における被災地の復
興に向けた様々なご意見やご提案を、震災復興に向けた実効性のある政策展開に活かし
ていきたいと考えています。

略歴

1984年、郵政省(現総務省)入省。在米日本大使館参事官、総合通信基盤局料金サービ
ス課長、同事業政策課長、情報通信国際戦略局情報通信政策課長、大臣官房企画課長な
どを経て、12年9月より現職。著書に「ミッシングリンク~デジタル大国ニッポン再生」
(12年7月、東洋経済新報社)、「世界一不思議な日本のケータイ」(08年5月、インプレス
R&D)、「インターネットは誰のものか」(07年7月、日経BP社)など。