メッセージ 丸山不二夫

丸山不二夫

NPO日本Androidの会 理事長

震災時に、ITが果たした役割

ITの世界で働く私たちにとって、昨年の震災は、私たちの仕事の
持つ意味をとらえ直す、重要な機会になりました。

多くの人命が失われる甚大な被害を目の当たりにして、私たちの、
多くは、「何か出来ることはないか?」と自問自答しました。
明らかに、被災直後の被災地で必要とされていたのは、IT技術者では
ありませんでした。電気も電話網もインターネットも途絶した中では、
ITは、無力のようにさえ思えました。もちろん、被災地支援で行動を起こそうと
するなら、何も、ITに限る必要はありません。私たちの仲間でも、IT技術者
としてではなく、一人の人間として直接、現地に向かった人は、少なく
ありませんでした。

東京等の被災の周辺部では、少し、様相が異なりました。
電話はつながりませんでしたが、メールやTwitterは、きれぎれながらも
通信が可能でした。東京では、100万人単位の、帰宅難民が発生しましたが、
大規模なパニックがおこらなかったのは、家族・会社となんとか連絡が取れ、
安否の確認が出来たことが大きかったと思います。1995年1月の阪神淡路
大震災の時には、携帯電話の普及率は、10.5%に過ぎませんでしたが、
今回の震災時には、携帯の普及率は、93.2%に達していました。

携帯だけではありません。1995年の時点では、インターネットを利用
出来たのはごく限られた人たちだけでした。利用出来る普及率の統計も
ありません。2011年には、インターネットの世帯普及率は、93.8%に達し
ていました。

今回の震災は、携帯とインターネットを、大多数の人が利用出来る状況で
起きた、初めての大規模災害でした。重要なことは、こうした新しいネット
ワーク環境が、災害時に、極めて有効に機能出来ることを示した、初めての
ケースだったと思います。ITは、決して、無力ではありませんでした。

災害時のコミュニケーションと情報共有の重要性

Google日本のエンジニアたちは、安否情報の登録と検索が可能なシステム Person
Finderを直ちに作り上げました。避難所の壁に貼られた無数の情報は、携帯電話の
カメラで撮影され、ボランティアの手でテキスト化され、クラウドに送られ、
検索可能になりました。個人を検索出来るこのシステムは、安否情報システムの
あり方を大きく変えました。NHKは、終日、個人の安否情報をテレビの画面で
流し続けていました。それは、数百人の規模では有効でしょうが、数十万人が被災
した今回のケースでは、スケールしないものでした。メディアの世代とその能力の
違いを多くの人が実感しました。

AmazonやMicrosoft等のクラウドのエンジニアも、不眠不休で活動しました。
彼らは、Twitterに流れる情報を、多数のボランティアが個別に精査し、情報を
まとめあげるsinsai.info等の震災情報交換サイトに、クラウド上のサーバを無償で
提供しました。また、アクセス不能になった自治体・公共機関等のWebサイトを、
一時的にクラウド上で復元し、サーバ復旧の支援をしました。

災害時には、個人間のコミュニケーションの手段を確保すること、社会全体で
正しい情報を共有することは、本質的に重要です。ITこそが、現代の社会を成立さ
せている、もっとも基本的なインフラの機能の一つである「コミュニケーションと
情報共有」の中心的な担い手だということは、明らかです。

非常時と日常、表層と深層

視点を変えましょう。

今回の震災は、いうまでもなく大きな悲劇でした。ただ、そうした中でも、
人間の善意と連帯の大きなエネルギーは、様々な形で発現しました。
そこには、無数の感動的なエピソードがありました。驚くべきことは、そうした
行動の多くが、誰かの上からの指示によって行われたのではなく、自主的・自発的に
組織されていったことです。こうした、震災支援という共通の目的に対する、
自発的で自律的な行動を支えているのは、ここでも、情報の共有でした。
震災の情報は、インターネットを通じて、瞬く間に、全世界に伝えられました。
3.11の震災関係の情報へのアクセスは、10年前の9.11の情報へのアクセスを超えて、
インターネット史上で最大のものになったと言われています。

今回の震災では、国も、当然、重要な役割を果たしました。
同時に、個人と民間の企業の自主的な行動が、大きな働きをしたことに、
僕は、注目しています。普段は、厳しい競争環境に置かれている個人も企業も、
損得を抜きにして、困っている人を助け合うというマインドで行動したのです。
それは、素晴らしいことだとおもいます。

非常時には、我々の日常の行動を律しているルールとは異なる行動の規範が、
現れます。日常的な表層が取り払われると、本当に必要なものが浮かび上がって
きます。それらのあるものは、深いところで、歴史的に形成されつつあった、
我々の未来の行動規範なのかもしれません。逆にいうと、非常時には、日常的な
ルールの、普段は見逃されている矛盾が、露呈することがあります。ある場合には、
そうした制約を乗り越える、個々人の勇気ある決断によって、必要な行動が選択
されていきました。古いルールは見直され、新しいルールに置き換わっていかな
ければなりません。ITの世界でも、見直さなければならないことは、沢山あります。
震災の教訓から学ぶというのは、そういうことだと思います。
そうして、歴史のコマは、ひとつ進んでいきます。

2つのメッセージ

私たちは、今、日常の中で、震災復興の課題に取り組んでいかなければ
なりません。被災地でのIT産業の振興の課題、ITを活用して災害に備える課題等
多くの重要な課題があります。それらについては、今回のイベントICT ERAで、
多彩な登壇者の方から、貴重な提言が行われると思います。ご期待ください。

ここでは、論点の重複を避けて、2つのことを、ICT ERAにむけた、僕からの
メッセージにしたいと思います。

一つは、あの震災の被害を忘れない、風化させないということです。
あの震災の直後に、私たちが考え行動したことは、その時の、様々な感情を含めて、
私たちにとって、貴重な経験だったと思います。普段の生活の中では、考えられない
ことを考え、行動出来ないことを行動した。そこには、思考と行動の大きな
飛躍がありました。あの瞬間に一時的に示された、エネルギーの質とその巨大さは、
これからの未来を考える上で、とても大事なものだと思います。

もう一つは、若い世代の活躍に、期待したいということです。
震災の復興は、5年から10年以上の期間を要する、長期的な課題です。
5年たてば、多くの高校生は社会人になります。10年たてば、現在の小学生でも、
大学を卒業する人が出てきます。もちろん、現在の大学生は、10年後には、
社会の中堅の働き手になっているはずです。これからの震災復興の重要な担い手は、
現在はまだ社会に出ていない、若い世代なのです。彼らが、私たちの取り組みを
引き継ぎ、あるいは、それを乗り越えて、前進することを期待しています。

略歴

特定非営利活動法人 日本Androidの会理事長。
東京大学卒。一橋大学大学院博士課程修了。
1987年から稚内に移住。稚内北星学園短期大学学長。
2000年の同短大の四年制大学移行に伴い、稚内北星学園大学学長を二期務める。
その後、早稲田大学情報生産システム研究科客員教授、
公立はこだて未来大学情報科学部特任教授。
日本Javaユーザ会会長、日本Androidの会会長、クラウド研究会代表等を歴任。