メッセージ 青木 孝文

青木 孝文

東北大学 大学院情報科学研究科・教授
東北大学 副学長

ようこそ仙台へ

このたび、初めての地方開催となるABCを、仙台の地で、しかも「震災復興」をテーマと
して開催していただく運びとなりました。全国各地からわざわざご参加いただく皆様に厚
く御礼申し上げます。私は大学に所属する一教員/研究者の立場からこのメッセージを差
し上げます。皆様へのメッセージというよりも、ここでは大学の取り組みのご紹介を差し
上げたいと存じます。

東日本大震災以降、私たちの東北大学は被災地の中心大学としての責務を果たすことが強
く求められています。これまでの1年半の大学の活動は、東北地域の皆様、日本の国民全
体、さらには国際社会の期待に十分応えるものであったでしょうか。必ずしも確信が持て
ませんが、取り組むべき課題はいまだに山積みになっています。東北地域では、とりわけ
産業の振興とそれに伴う雇用創出が求められています。東北大学に対しても、産・官・学
の連携を通して新たな産業を興し、東北の活性化を図ること、ひいては閉塞感のある日本
全体を牽引するエンジン・原動力の役割を果たすことが期待されています。

東北大学の取り組みのご紹介

このような状況を背景として、東北大学では、昨年の4月に「災害復興新生研究機構」を
創設して、行政・地域との連携を図りながら、一連の復興研究に総力をあげて取り組んで
きました。 詳細は、下記の冊子「東北大学 復興アクション」をご覧ください。

http://www.bureau.tohoku.ac.jp/president/open/idrrr/leaflet.pdf

この機構は、昨年の震災当初、東北大学の教職員が自発的に取り組む復興活動の支援を目
的として設置されました。このような大学構成員による復興活動は、昨年の4月時点です
でに100を超える状況でしたので、これらの活動を総称して「東北大学 復興アクション1
00+」と呼ぶことにしました。このような構成員による自発的・草の根的な取り組みを
母体として、それと並行する形で、以下の8つのテーマが大学全体で重点的に取り組むプ
ロジェクトとして組織化され、国のご支援をいただきながら推進することになりました。

  1. 1.災害科学国際研究推進プロジェクト
  2. 2.地域医療再構築プロジェクト
  3. 3.環境エネルギープロジェクト
  4. 4.情報通信再構築プロジェクト
  5. 5.東北マリンサイエンスプロジェクト
  6. 6.放射性物質汚染対策プロジェクト
  7. 7.地域産業復興支援プロジェクト
  8. 8.復興産学連携推進プロジェクト

代表的な取り組みとしては、項目1に含まれる「災害科学国際研究所」の新設、ならび
に、項目2に含まれる「東北メディカル・メガバンク」と呼ぶ複合バイオバンク事業があ
げられます。さらに、今回の会議のテーマであるICT関連プロジェクトは項目4に含まれています。そこでは、東北大学電気通信研究所とNICTが中心となって「耐災害ICT研究セン
ター」を設立するとともに、総務省のご支援を受けながら、災害に強い情報通信インフラ
の開発を目的とした各種のプロジェクトを集中的に推進しています。いずれにしても、こ
れらの8つのプロジェクトに対して国費をいただいており、着実な成果を生み出すことが
東北大学に課せられた責務となっています。

私自身の取り組み ~ 犠牲者の身元確認とICT

この機会をお借りして、震災で亡くなられた方の身元確認の支援活動についてご紹介します。東日本大震災では津波被害が深刻です。亡くなられた方は9月末現在で15,870名(うち宮城県は9,527名)にのぼり、いまだに2,814名の方が行方不明となっています。宮城の行方不明者が岩手や福島から発見されるケースもあります。ご遺体を家族の元へ返すための身元確認は困難を極めており、現在も継続しています。私たちのグループは、昨年の4月末から今日に至るまで、宮城県警および歯科医師会と連携し、いわゆる「歯型」による犠牲者の身元確認作業にあたっています。実際には、「歯型」というよりも、歯牙(しが)の特徴や歯科治療の情報に基づく個人識別という方が正確です。私たちは、宮城県全域の身元確認ワークフローの構築、情報機器を含めた各種機材の提供、歯科情報の検索・照合ソフトウェアの開発・運用などに取組んできました。ご遺体から歯科情報を組織的に採取するとともに、行方不明者のカルテを歯科医院から収集して、これらを照合することにより膨大な候補の中から該当者を割り出します。このために、Dental Finderと呼ぶ歯科情報検索・照合ソフトウェアを開発し、現在も宮城県警本部の鑑識課で運用しています。

身元確認に取り組むことになったきっかけ

私が法歯学の分野に触れるきっかけとなったのが、位相限定相関法と呼ぶ画像照合技術に基づく生体認証(指紋、掌紋、虹彩、顔などの認証)の研究です。10年ほど前に、ある検視警察医から歯科エックス線画像の自動照合によって遺体を識別できないかという相談を受けました。当初はテーマの重さに躊躇しましたが、意識の高いスタッフとともに研究に取り組んできました。将来の大規模災害に対処するには画像のみならず、多様な歯科診療情報を総合的に活用した身元確認支援システムが不可欠です。このような観点から2009年には、『ITを活用した身元確認に関する将来への提言~大規模災害・事故への対応』というテーマで警察歯科医会全国大会(新潟)を企画しました。この反響が大きく、いよいよ実証を開始しようとした矢先の大震災でした。私自分の生まれ故郷の石巻が被災し愕然としました。

歯科情報の標準化からデータベースの構築へ

現場では、いかにして行方不明者の歯科情報を、かかりつけ歯科医院から集めるかというに頭を悩ませています。該当者のカルテやエックス線画像を歯科医院から回収し、歯の治療の状態を推測します。膨大な労力を要する作業です。歯科医院の被災や廃業によってカルテ自体が失われているケースも少なくありません。今後、国民の貴重な歯科情報については、何らかの形でデータベースに保全する必要があると考えます。例えば、私の歯科情報は、上顎が4111 1111 1111 1111、下顎が1221 1111 1111 1221と書けます(1:健全、2:部分修復、3:全部修復、4:欠損)。この程度の情報でも該当者を絞り込むために極めて有効です。歯科情報が組織的に保存されていれば、災害時のみならず、年間1,000体以上にのぼる平時の身元不明遺体(無縁仏)の解消にも大いに貢献するはずです。現在、このような観点から、災害時等における身元確認に役立つ歯科診療情報の標準化の取り組みを推進しています。また、このような標準化された歯科情報を用いて、被災現場から迅速に個人を特定するための研究開発にも取り組んでいます。

さて、今回の「ICT ERA + ABC 2012 東北」で私がいただいた講演時間の中で、皆様にどのようなお話を差し上げるべきか悩みましたが、最終的には上で述べた身元確認の問題を取り上げることにいたしました。決して軽々しく扱えないテーマではありますが、やはり今後の大災害に備えるうえで、何としてもICT業界・コミュニティの皆様のお力をお借りして大きな取り組みにしたいと切望しています。このたびの震災により被害を受けられた皆様におかれましては、忘れることのできない出来事に触れることになり、誠に申し訳ございません。私の講演では、身元確認に従事する関係者の活動をお伝えし、これをいかにしてICTで支援していくかを議論させていただきたいと思います。何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

地域企業とともに先端研究開発へ

最後に、復興関連の取組みをもう一つご紹介させていただきます。東北大学では、大学の研究室を訪れる大手企業との共同研究に対しまして、仙台近隣の企業グループを呼び込んで連合チームを組織し、ノウハウの蓄積と人材育成を兼ねながら迅速な研究開発を行うしくみを作りました。この事業に対して仙台市からご支援を受け、2010年から産学官連携拠点IIS研究センター(初代センター長:内田龍男教授、現センター長:安達文幸教授)を立ち上げました。現在、特任教授4名体制で地域企業を組織化しつつ産学連携の新しい取り組みを進めています。私たちの専門であるマシンビジョンを中心として、見守りシステム、運転支援システム、生体認証(バイオメトリクス認証)、医用画像解析、次世代ディスプレイなど実績が多岐にわたっています。さらに、震災後の同センターの活動として「ITペアリング復興」があげられます。これは、仙台周辺のICT関連企業を組織化して沿岸被災地域を復興支援する取り組みです。実際には、参画企業は仙台周辺に限定されるものではありません。ぜひ皆様からの積極的なご支援をいただけましたら幸いです。

なお、このIIS研究センターは、このたびの「ICT ERA + ABC 2012 東北」の共催団体となっています。同センターの舘田あゆみ特任教授を中心として、本会の現地アレンジメント等を担当しております。どうぞよろしくお願いいたします。

最後になりましたが、このたびの震災により被害を受けられた皆様に、心からお見舞い申し上げますとともに、ICT技術者コミュニティの皆様におかれましては、被災地の復興を力強くご支援いただけますよう重ねてお願い申し上げます。

略歴

1992年3月
東北大学 大学院工学研究科 電子工学専攻 博士課程修了
1992年4月
東北大学 工学部 電子工学科 助手
1996年4月
東北大学 大学院情報科学研究科 助教授
2002年4月
同 教授
1997年1月~1999年9月
科学技術振興事業団さきがけ研究21研究者 兼任
2006年11月~2012年3月
東北大学総長特任補佐 併任
2012年4月~
現在 東北大学 副学長 併任
2005年1月~2006年12月
IEEE Japan Council 理事
2008年6月~2010年5月
映像情報メディア学会 理事
2010年2月~2012年2月
計測自動制御学会 常務理事