メッセージ 大草芳江

大草芳江

(特定非営利活動法人 natural science 理事)

知的好奇心がもたらす心豊かな社会の創造にむけて

 我が国の科学技術研究および産業競争力の強化を実現する「科学技術創造立国」の基盤を揺るがす深刻な問題として、子どもたちの「理科離れ」が叫ばれています。「理科離れ」は単に「個人的に理科が嫌い」という問題ではなく、理科を学ぶ過程で本来養われるはずの知的好奇心や論理的思考力などの低下を意味しています。その結果として、文理問わず高等教育を理解できない学生が増大し、大学教育の質の維持が著しく困難に陥っているという形で問題は顕在化しており、もはや「理科離れ」問題は、国民全体における知の問題、すなわち社会的リスクであると捉えられています。

 これらの社会的背景に、社会の細分化・複雑化に伴い、“結果”に至るまでの“プロセス”は専門家に任せ、“結果”だけを利用するブラックボックス化が進んだことがあります。その結果、わたしたちは効率性と引き換えに、本来そこにあるはずの“プロセス”を五感で感じられる機会を失ってきました。そして何でも「当たり前」のように錯覚してしまう現代病とも言える癖は、本来そこにあるはずの“プロセス”の多様性や、そもそも科学や技術も「人間の主体性から生まれる」という「当たり前」の事実でさえ、実感が湧きづらい状況を生み出しています。

 しかし当然のことながら、それら科学や技術をつくるのは人であり、試行錯誤の“プロセス”があり、そこには人の思いがあります。それら一つひとつの思いは共鳴し合うことで大きくなり、わたしたちが困難に立ち向かい、心豊かな社会をつくる原動力となることは、たとえどんなに大きな環境の変化があっても変わらないはずです。つまり“結果”に至るまでの“プロセス”にこそ、わたしたちが心豊かな社会を創造するために大切な営みが隠されています。特定非営利活動法人natural science では、この“プロセス”の見えない危機こそが、個人・組織・地域社会・国レベルでの問題の根本的な原因と捉え、そこから解決策を見出していきます。

 その活動の一つとして、「科学って、そもそもなんだろう?」をテーマに、「科学の“プロセス”を子どもから大人まで五感で体験できる日」をコンセプトに、古くより「学都」として知られる仙台・宮城の地において、『学都「仙台・宮城」サイエンス・デイ』という科学イベントを2008年から毎年開催しています。既存の枠を超えた多様な大学・研究所や企業、行政や学校など、93団体(2012年度)にご協力いただき、研究者や技術者らによって形にされた多様な“プロセス”の体験プログラムを、普段科学に触れる人も触れない人も、どなたでも体験できるものです。

 2011年度は、開催にむけて準備を進める最中、3月11日に東日本大震災が発生しました。多くの尊い命が失われ、復旧もままならない状況の中、当初の予定通り7月10日に開催すべきか否か、主催者として迷いがありました。しかし、これまで「学都『仙台・宮城』サイエンス・デイ」にご協力いただいていた大学・研究所や企業、行政や学校など多様な立場の方から「このような時だからこそ、動ける人から自分たちが元気であることを外に発信することが、復興につながるはずだ」という共通の声をいただき、当初の予定通り開催することができました。5月連休明け頃から各団体に出展を呼びかけたところ、直接の津波被害があった団体を除き、前年度を上回る出展者数・来場者数となりました。

 また本イベントでは、来場者や出展者が「おもしろい」と思ったプログラムに対して、自分の賞をつくって表彰する取組み「サイエンスデイAWARD」を2011年度から行なっています。多様な“プロセス”を複眼的な視点から評価できるよう、賞は個人・団体問わず誰でもつくることができ、後日開催される「サイエンスデイAWARD表彰式・交流パーティー」にて賞状と副賞が授与されます。科学って、そもそもなんだろう?―サイエンスデイAWARDは、参加する一人ひとりがそれを考え、自由に提案することを通して、心豊かな社会を模索し創造する場となることを目指しています。

 そもそも人は本来、自分が「おもしろい」と思ったことを形にしたい存在です。そして、それが他人に理解されれば嬉しい存在です。この認識に立つ時、科学は人の本性に根ざすものとなり、万人のものとなるでしょう。こうした共感の輪を生みだす場となることが、次、その次に登場する科学や技術が継続的に生み出され、さらに心豊かな社会が達成されていく土壌となるはずです。

 そして敢えて“プロセス”に焦点を当て、それを五感で感じられる場を創出しようという本取組みは、人間の主体性から生まれた多様なものを如何にして多様なまま取り扱うかというチャレンジでもあります。社会の成熟化により物質的な豊かさが実現された今だからこそ、これから人類に振りかかるであろう困難に立ち向かう原動力として、人間が本来持つ主体性が発揮される社会の実現が今、必要ではないでしょうか。知的好奇心がもたらす心豊かな社会の創造にむけて、我々はこれからも活動を続けて参りたいと存じます。

略歴

2005年3月
東北大学理学部生物学科 卒
2005年11月
有限会社FIELD AND NETWORK 設立 取締役に就任
2007年3月
東北大学大学院生命科学研究科博士課程前期2年の課程 中退
2007年6月
特定非営利活動法人natural science 設立 理事に就任
2007年4月
仙台国税局 酒モニター(~2008年3月)
2009年10月
仙台市 総合計画審議会 委員(~2011年3月)
2009年11月
仙台市教育委員会 「たくましく生きる力」育成プログラム検討会議 コアメンバー
2010年4月
仙台市 科学館協議会 委員
2010年9月
(独)科学技術振興機構 広聴活動2010「科学技術と社会との対話」委員(~2011年3月)
2011年7月
文部科学省 全国生涯学習ネットワークフォーラム 企画実施委員会委員(~2011年11月)

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